旗白河で散った元隊士

かつては新選組隊士でしたが、戊辰の役には薩摩藩兵として戦った隊士がいます。

清原 清(きよはら きよし)
 慶応元年4月、江戸で隊士募集をした際に入隊。砲術師範となりましたが、慶応3年、 伊東甲子太郎らとともに御陵衛士となり新選組を離れます。戊辰の役では武川直枝と改名し、 薩州4番隊に属して戦いました。
 慶応4年閏4月25日稲荷山砲台に進み戦死。墓は市内鎮護神山と京都市東山区泉涌寺の 戒光寺にあります。
 流山で大久保大和と名乗る人物が新選組局長の近藤勇であると見破ったのは、加納道之助と、 既に薩摩藩兵になっていた武川直枝(清原清)でした。

戊辰薩藩戦死者墓
(白河市 戊辰薩藩戦死者墓)